書籍
書籍一覧
ご注文方法
連載コラム
医者の独り言
会社概要
 
サイト内検索
 
連載コラム 『医者の独り言』(神保 実)

第11回 セクシュアル・ハラスメント

 セクシュアル・ハラスメントという言葉がはやっている。性的嫌がらせと訳す。何のことだがよく分からなかったので、ハラスメントを辞書で引くと『永続する、または繰り返される妨害。しつこい要求に悩まされること』とあった。概念的にはこれで分かるが、具体的にはどういうことだろう。

 ある新聞にこれに関するアンケート調査が載っていた。同調査によると、「暴行された」「暴行されそうになった」「不倫の噂をたてられた」などで、いささか物騒である。軽いのになると「卑猥な言葉をかけられた」「体に触られた」などだ。

 職場などで上司の男性が部下の女性に対し、しつこく繰り返す。これを拒否した場合の報復として、仕事をほされる。給与、昇進の差別、解雇などが挙げられていた。

 病院で働く職員の半数以上は女性である。昔から院内男女間にはいろいろ問題はあるが、当人同士のことだから、知らん顔しているのが礼儀と心得ている。私自身やましいところはないが、この調査を他山の石としたいと思っている。ただ、この調査にケチをつけるわけではないが、ちょっと腑に落ちない点がある。

 昨今の日本社会では、男性上司は、部下の女性に対しこんなに強い権限をもてるのだろうか。己の欲望を女性に強要し、それがかなわぬと、職権をもって相手を陥れる。これはむしろ欧米流の発想ではあるまいか。向こうでは職権は明確に規定されている。

 日本では万事話し合いで、社長一人、社員一人の会社ならいざしらず、一般企業ではこんなことをしたら、周りからチェックされてかえって自分の立場が危うくなる。

 また、欧米では、親しみの表現として恋人同士でなくても、抱擁、キスなど身体的接触は珍しくない。こうした風習も、その淵源をたどれば、性的なものであろう。このような風俗の中でも許し難いハラスメントであるから、その程度も想像できよう。

 日本は違う。逆に変に拡大解釈されるきらいがある。戦前の行儀作法と結びついた日本的ハラスメントではいただけない。まず、セクシュアル・ハラスメントという外国語を輸入して、それに相当する日本の社会現象を探し回っているような風潮も、なきにしもあらずである。

(1989年)

 

第12回 浮浪者の墨絵

 

 頭を打って意識混濁状態の患者が救急車で運ばれてきた。60歳代の老人で、一見して浮浪者だった。衣服をゴテゴテ着ているが、触るのもためらわれるほど汚い。こんな場合には、衣服を鋏で切り裂いて捨ててしまう。ところが救急隊員は身の回りのものまで運び込んできたので、これまで捨てるわけにはいかず、部屋の片隅に置いた。

 裸にして閉口したのは、悪臭である。体中が垢で覆われ、皮膚は変色していた。仕方がないので、ふろに入れた。本当はこんなことをしてはいけないのだが、この際、やむを得ない。意識がもうろうとしている患者をふろで洗うのだから、看護婦たちも四苦八苦である。ふろから上げても、しばらくにおいが漂っていた。

 頭部外傷は大したことなく、ベッドに寝かせておいたら治ってしまった。意識が回復してから話してみると、人のよさそうな、穏やかな老人であった。病院支給のパジャマでこざっぱりとして、入院時の風体は想像もできない。

 1ヶ月も入院していたであろうか、もう退院してもいいのだが、行く所がない。八方手を尽くして家族を捜したが、見つからない。困り果てて最後に、ある病院に転院させることにした。「しばらく養生したらどうだろう。向こうの病院も引き受けてくれるし・・・」というと、彼は素直に従った。

 転院当日、彼は自分の持ち物を整理していたが、私が通りかかると、一枚の紙を差し出した。見ると半紙にかかれた墨絵だった。風景画だが、それが実にうまいのである。

 「だれがかいたの」と尋ねると、「わしが橋の下でかいたのさ」と笑いながら、さらに2、3枚を見せてくれた。私が感心して「記念に1枚くれないか」と頼むと、とんでもないとばかりに、さっさとしまい込んでしまった。

 後で聞いた話だが、転院先の病院で彼は家族と接触できたらしい。そして、ある晩、息子が酒を飲んで病棟に現れ、彼を大声でののしった。彼は黙って聞いていたが、数日後に病院から夜逃げしてしまったそうだ。

(1989年)

 

第13回 西郷隆盛の皮袋

 西郷隆盛は、幼い時のけががもとで右腕が伸びなくなった。このため、彼は剣道が苦手だったようだ。その代わり相撲を好んだといわれる。

 隆盛の肖像を見れば分かる通り、大変恰幅がよい。確かに相撲に向いている。しかし、現代風にいえば肥満である。そのため糖尿病があったらしい。着ている物で首のところが擦れ、そこが化膿して困ると訴えている。

 それは糖尿病の症状だ。当時、日本に来ていた外国人医師の診察を受けたら、下剤を処方された。糖尿病治療のため、肥満を解消しようとした考え自体は現在でも正しい。しかし、下剤を処方したのはいかがなものか。下痢を起こして確かに体重は減少するが、それは脱水によるのであってダイエットではない。その上、この下剤は大変効果があり、下痢が頻繁に起き、閉口したらしい。

 それにしても、あの巨体がしりを押さえて便所へ駆け込む姿は、想像するだけでおかしいではないか。

 彼は大島に流されているが、当地で風土病のフィラリアにかかり、陰嚢水腫ができた。それが大きくなり歩行に差し支えるようになったので、皮の袋をつくってそれに陰嚢を収め、腰でつっていた。

 隆盛は、西南戦争で熊本城攻めに失敗した後、鹿児島に帰って来て城山で討ち死にしている。明日は再び鹿児島に入るという前日、彼はある農家で一泊した。翌日出発に際し、もうこの袋には用はあるまい、とその家に残して出発した。

 以来、その家では、その袋が家宝になっているそうである。どうやってたてまつっているか知らないが、何ともユーモラスな話だ。

 城山軍が壊滅した後、彼は幹部と一緒に城山を下り島津候の別邸の前で「もうこの辺でよか」と言って割腹している。私はこの言葉には彼の島津候に対する深い思いが込められていると考えている。でも案外、陰嚢がぶらぶらして歩きづらいので、この辺で勘弁してくれという意味だったのかも知れない。英雄の生涯にはユーモラスな味わいがあるものである。

(1989年)

 

第14回 健康ドリンク

 健康ドリンクがおおいに売れている。テレビでもコマーシャルが盛んである。宣伝文句は似たり寄ったり、疲労回復、活力増進なのだ。

 中には体液の水素イオン濃度を調整し、酸性をアルカリ性に変える、とうたっているドリンク剤もある。ラベルを見ると、いずれも成分を詳しく記載しているが、素人には何のことやら分からない。分からないのがミソなのだろう。

 このように医学的装飾を施すと、消費者は訳が分からぬまま、何やら効能が潜んでいると錯覚して買って飲む。こうしたドリンク剤は昔からあったが、隠微に出回り、ひそかに愛好されていた。メーカーも名の知れない三流メーカーであった。

 ところが、現在は一流メーカーが大量に製造し、大々的に宣伝するものだから、赤ん坊にまで普及しているそうである。もちろん母親が与えるのである。

 当然のことながら、これらのドリンク剤には効果は期待できない。もし効果があるとすれば、それは等量の水と同じである。仮に、200ミリリットル程度のドリンク剤で体液の電解質に変化を与えることができるなら、そのドリンク剤は劇薬であって、売店で売られるような代物ではない。

 効能はともかく、心理的効果はあるのだから、そう目くじらを立てる必要もないだろうと言われるかも知れない。これらのドリンク剤は値段も手頃だが、原価はただ同然ではあるまいか。たぶん容器代にも満たないであろう。

 水を飲めば済むものを、わざわざ買って飲み、メーカーに巨利をもたらす。いかにも商業主義にほんろうされているようでいまいましい。また、このようにしてGNPを押し上げているのかと思うと、むなしいだけである。

 消費者にも責任があると思う。メーカーの宣伝をうのみにせず、ちょっと調べれば分かることである。

 ドリンク剤は無害かもしれないが、赤ん坊には飲ませない方がよい。これはえせ科学主義である。

(1989年)

 

第15回 病気の経過

 「時は最良の医師である」ということわざがある。人生の苦悩、挫折、失恋の痛手などは、時間の経過とともに自然に消えていく。つまり、時が治してくれるという意味だ。このことわざは医学に関するものではないが、ちょっと解釈を変えると医療にも通用する。

 病気はある症状で始まる。その後だんだん進行して、病院を訪れることになる。初発から現在に至るまでの病気の経過を病歴というが、病歴だけで病気の70%は診断がつくといわれる。だから、患者が包み隠さず医者と話し合うのは、大切なことである。正確に理解するためには、それまでのいきさつが大切なことは、何も医療に限らない。

 ところが、患者の中には、黙って座ればピタリと当たる式の診察を期待する人がいる。このような人は、また、検査好きだ。ひと昔前、よく脳波検査を要求された。昨今はCT検査である。検査の必要はないというと、不満そうな顔をする。それでは検査するが、予約制なので日を改めて来てもらうことになるがというと、また不満なのである。忙しいところ工面してきたのだから、今日中に片づけてもらいたいという気持ちなのだろう。こういう患者に接していると、この人は、本当は病院に来る必要はなかったのではないか、と内心思う。

 これらの患者の中には、漠然とした動機で来院する人もいるのではないか。なぜかというと、雨の降っている日や月末には外来患者は減る。また、土曜日は増える傾向にある。何やら、デパートの客足と似ている。

 ひと通り検査が終わっても、はっきり診断がつかないケースもままある。こんな時には、しばらく経過を見ましょうと言う。つまり、「時」に任せるわけだが、これがまた不安の種になる。

 従って、なるべく断言的に診断するように心掛けている。私としては、大げさな言い方をすれば、清水寺の舞台から飛び降りる心境になることがある。なぜなら、医学に100%確実ということはないからだ。

(1989年)

 

第16回 切腹

 けんのんな話で恐縮だが、日本には古来、切腹という儀式があった。ハラキリといわれ、カミカゼとともに世界的に有名である。

 切腹は自殺の一種であるが、自ら命を絶つ手段としてはおよそ遠回りで拙劣な方法だ。人間、腹を切っただけではすぐ死ねない。痛いだけである。結局は出血多量で死ぬであろうが、時間がかかる。私の推測では、半日以上生き延びるのもまれではないと思う。

 従って、切腹には多くの場合、介錯を伴う。切腹と同時に首を打てば、切腹は単なる儀式で、事実上打ち首と同じだ。この方が我々には理解しやすい。

 だが、これは違う。明治二年に備前事件というのがあった。備前藩兵が、神戸の居留外国人に発砲した事件である。外国人は殺されはしなかったが、発足間もない明治新政府は、国際問題になるのを恐れて、備前藩士滝善三郎に引責切腹させた。英国公使館員が立ち会い、その模様を詳しく記録している(ミットフォード著『英国外交官の見た幕末維新』長岡祥三訳)。

 それによると、滝善三郎は終始乱れず、落ち着いて、腹を十分に切り、それから短刀をかたわらに置き、介錯を促したとある。

 彼が特別強い人間であったわけではあるまい。武士にとって、切腹は苦痛に耐えながら己を死に導く、極めて意志的な行為であったことが分かる。これが武士のアイデンティティーであった。目をつむって、思い切って飛び降りればそれでおしまいとは訳が違う。

 私にはとてもできない。人一倍臆病であり、とりわけ痛みには敏感だからだ。しかし、このような自死の伝統が日本にあったということは、よく考えてみる必要がある。これは決して、蛮族の奇習ではない。

 人間いつかは死ぬ。例えばがんの末期になっても、意識がはっきりしていれば、ひたすら堪え忍ぶしかない。このとき、頼りになるのは、案外武士の精神ではあるまいか。

 本来は宗教であるが、我々は長年宗教を粗末にしてきた。いまわの際になって神頼みしても、神様はそっぽを向くに違いない。

(1989年)

 

第17回 21世紀の医学

 脳外科の手術というと、聞いただけで身震いする人が多いだろう。確かに手術は大変である。頭の皮を切り、頭蓋骨を出し、その一部を割って始めて脳に到達する。脳は豆腐のように軟らかいから、取り扱いも慎重でなければならない。シンの疲れる仕事だ。

 インディアンは頭の皮をはぎ、インカ人は頭蓋骨に穴を開けた。何も彼等の真似をしないでも、もっと進歩した方法がないものかと、誰しも思う。

 実は、そういう方法が最近行われるようになった。一つは、放射線を使う方法だ。放射線療法は今までにも広く実施されてきたが、新しい方法では放射線の使い方が違う。凸レンズで光を集めると、焦点では物が焼ける。焦点以外は手をかざしても何ともない。

 これと同じで、放射線を脳腫瘍にだけ集めて、焼いてしまう。すると、脳腫瘍はなくなり、周りの脳は障害を受けない。放射線は頭を貫くから、頭を開ける必要もない。

 もう一つは、血管内を伝わって行く方法である。人間の体の中では血管は全部つながっているので、どこからでも血管を伝っていけば必ず脳にたどりつける。昔、「ミクロの決死圏」というSF映画があった。人間がものすごく小さくなって血管内に入り、脳まで進入して病気を治すというストーリーだ。この方法では、人間の代わりに細い管を血管に入れる。人間は外から管を操って、脳の中に誘導し、管の先端から薬を注入する。

 そんなにうまくいくものかと疑う人もいるだろうが、現に行われており、今後ますます発展することが期待されている。

 こうなると、脳外科医は飯の食い上げになりかねないが、致し方ない。歴史的に見て、医学は本来、内科が主体である。20世紀になって外科は大きく発展した。しかし、医学の正しい発展は、できるだけ外科医を必要としない方向である。がんだって、薬で治せるならそれに越したことはない。21世紀の医学はそういう方向に進むと思う。

(1989年)

 

第18回 取り越し苦労

 慢性硬膜下血腫といういかめしい名前の病気がある。頭を打ったことが原因で起こり、頭の中に血がたまる病気だ。

 最初のうちは、血の量も少ないので何ともないが、量が増えるにつれて脳を圧迫、症状が出てくる。頭がおかしくなってくるわけだ。症状の現れるのは、頭を打って一、二ヶ月後である。老人や酒飲みに多いといわれ、頭の打ち方が軽くてもなる。

 つまり、頭を打ってしばらく経ってから頭がおかしくなる病気なのだが、軽い場合、患者は、頭を打ったことさえ忘れている。

 発生率は10万人に1人程度だから、そんなに高くない。しかし、この病気は少し誇張されて伝わっているように思う。

 子供が遊んでいて頭を打った、と言って、母親がよく病院につれてくる。話をよく聞いてみると、頭を打ったのも大したことはないし、もう二、三日経っている。患者は診察室の中を走りまわらんばかりに元気で、心配そうに話しているのは母親と医者だけ。何かしまらない風景である。患者は心配ないとして、何が不安か母親に聞いてみたことがある。母親の漠然とした不安をまとめるとこういうことらしい。

 脳は神経が複雑に絡み合ってできており、繊細、微妙なものだ。それだけに壊れやすい。頭を打つと、たとえ軽くても脳の機能は乱れる。その乱れはジワジワ進んで、現在は何ともなくても後になって頭がおかしくなる危険がある。

 慢性硬膜下血腫のことを考えれば、母親の不安は当たっていないとは言えない。しかし、少し取り越し苦労である。確かに脳は複雑、微妙だが、そんなやわではない。多少たたかれてもビクともしないようにできている。世の中頭を打つ人はごまんといる。だが、それで頭のおかしくなった人はそんなにいないではないか。頭を打った時は、2日ぐらいは注意し、その後元気になればまず心配はない。f

(1989年)

 

第19回 脳死の判定

 立花隆氏の書いた脳死に関する本を読んだ。当代髄一の評論家だけに、論考は厳密を極めている。脳死の問題は臓器移植を抜きにしては考えられない。臓器を摘出する以上は、脳死の判定基準はいくら厳密にしても厳密すぎることはない。まさにその通りである。

 ただ、本を読んで思ったことは、脳死という臨床的概念を、このように分析的、論理的に追求したのでは、脳死を結局は把握できないのではないか、ということである。

 一日は朝、昼、晩から成り立つ。今、仮に朝を定義してみよう、定義である以上、できるだけ普遍妥当性がなくてはならない。屁理屈の遊びに過ぎないが、ドラキュラにとっては死活問題である。

 太陽が現れた時をもって朝とする。それでは、曇天の時はどうするのか。太陽が地平線上に現れた時が朝である。では、山に囲まれた所はどうなるのか。地平線にこだわる以上、そこでは朝はないことになる。

 次に時間で規定してみよう。例えば、午前6時から9時までを朝と決める。5時50分は朝か、朝と言ってよい。それでは、9時40分はどうなのだろう。朝の時間の許容幅は30分であるから、朝とは言えない。

 では、許容幅を30分とした根拠を述べよccなどだ。その他、明度や太陽の仰角度などを基準としても、議論は同じである。

 こうなると、朝は定義できなくなる。しかし、誰も朝はないとは言わないであろう。
臨床概念というのは、朝みたいなものである。さまざまな所見、データを総合判断して推測するわけだ。ある検査データだけからは判定できない。かえって間違いのもとである。

 脳死は重症脳疾患の末期のプロセスで、厳然として存在する。しかし、これを臨床検査測定値から規定しようとすると、うそが入る。脳死も自然現象の一つである。全体論的把握が必要であり、厳密と言うより間違いなく判定するためには、時間的余裕をもって判定するしかない。

(1989年)

 

第20回 私の健康法

 私の朝食は独特である。冷えた牛乳50ミリリットル、レモン二個分の絞り汁、はちみつ大さじ3、4杯、卵1個。これらを一緒にジューサーにかける。すると灰白色のドロッとした液体ができる。これをビールのジョッキーに移して一気に飲むだけである。だから、数秒で済んでしまう。もう7、8年も続けている。

 この朝食の医学的根拠がないわけではない。まず、牛乳だが、一日500ミリリットル以上飲む人と、それ以下の人では胃がんの発生率に有意の差があると友人が教えてくれた。

 はちみつは果糖を含み、肝臓を保護してくれる。レモン汁はビタミンCを補給するためである。現代の生活では、ビタミンCが壊される機会が多い。ストレス、たばこなどだ。一時、ビタミンCの大量摂取はがんを予防する、という学説がはやった。

 当初、レモンは1個だけだったが、値下がりしたので2個にした。卵からはひよこが生まれる。完全栄養食品である。卵はコレステロールをつくる、と忌避される傾向にあるが、1日1個程度なら問題にならない。それに、卵を加えると味にコクが出る。

 私はスポーツクラブに入っている。そこで週1回、30分ぐらいは泳ぐ。続けて泳ぐのであって、自分で言うのもおかしいが、この年では大したものだと思う。その後サウナに入って汗を流す。いかにも健康になったような気分で、さわやかである。朝食と同様、この水泳も7、8年続けている。

 健康法は長く続けることである。そのためにはなるべく簡単な方がよい。長く続けることによって、自分の健康維持に役立っているはず、と信じ込むようになる。健康法とは一種の自己暗示である。世は挙げて、健康志向の時代だ。さまざまな健康食品や管理法が提供されているが、いちいちそれらに飛びついていては、いたずらに業者にほんろうされるだけである。

 私は人間の寿命は天与のものと思っている。私の健康法でどのくらい寿命をのばせるか疑問だし、何事も運命と達観できれば、何もしなくても長生きすると思う。これが最良の健康法だからだ。

(1989年)

 


>>> 最新号へ

 

© 2007 ライフリサーチプレス株式会社
コンテンツの無断使用および転載を禁じます