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連載コラム 『医者の独り言』(神保 実)

第1回 刺激過剰時代

 ひと口に脳というが、脳は二つの脳から成り立っている。新しい脳と古い脳だ。新しい脳は人類に発達したもので、古い脳は人間を含めた哺乳類に共通の脳である。

 普通、見えるのはすべて新しい脳で、古い脳は新しい脳にすっぽり覆われて奥の方に閉じこめられている。新しい脳は学問、芸術、そのほか一般の社会活動に必要である。一方、古い脳は、食欲、性欲、集団欲などの本能を司っている。

 一般に、人間の体は鍛えると、強くなる。鍛えるということは、程よい刺激をくり返し与えることである。勉強という刺激によって、頭(新しい脳)はよくなるし、スポーツは筋肉細胞に反復刺激を与える。

 大切な事は、刺激には休みが必要だ。与えっぱなしでは、リラックスの暇がなく体が反応する余裕がなくなってしまう。

 現在の日本の社会を見ていると、何やら古い脳を一生懸命鍛えているように思う。まず食欲。今やグルメの時代である。うまいものを腹一杯食べれば、結果は肥満、糖尿だ。

 古い脳によい刺激を与えるには、飢餓と裏腹でなくてはならない。例えば、数日絶食した後、一杯のかゆをすすれば、古い脳はよい刺激を得、我々も快感を味わう。今の猫は、ネズミを捕らなくなった。刺激過剰なのである。

 性欲についても同じことが言える。昨今の性風俗をみていると、一昔前にチャタレー裁判があったことなど想像することもできない。

 しかし、食欲と同様、チャンスさえあればいいというものではない。真の充足のためには、禁欲も必要なのである。

 集団欲はどうだろう。例えば、歩行者天国。一種の街頭文化だが、特に用事もないのに、人が集まってくる。周りに人がいないと不安なのであろう。人間、完全な孤独に置かれると、発狂するといわれる。だが、社会生活をしていれば、完全な孤独はあり得ない。刑務所の独房に入れられても、看守が来るし、食事も差し入れられる。こう
いうのは完全な孤独とは言わない。だから、孤独を恐れる必要はない。

 本能は、人間が生きていく上で欠かせない。昨今の社会が生き生きしていないのは、刺激過剰のためではあるまいか。

(1989年)

 

第2回 寿命と食事

 10年ほど前のことだ。昭和一ケタ生まれの人は血管系が弱い、ということが言われた。新聞にも載ったから覚えておられる方も多いに違いない。各世代の健康状況の分析結果だが、その理由として、発育期の食料事情を挙げていた。

 つまり、昭和一ケタの人は発育期が戦争にぶつかったため、十分な栄養をとることができず、血管系が発育不良のまま成長してしまった、というわけだ。

 私は昭和8年生まれで、小学校6年生の時、終戦を迎えた。確かに食料事情は悪かった。血管系が弱いと、動脈硬化を起こしやすい。だが、この伝で行くと昭和20年前後の劣悪な食料事情の下で生まれた人は、もっと悪いことになる。脳の発育は、2、3歳で決まってしまうからだ。

 この説の当否は別にして、発育期の栄養状態がその人の一生に影響を及ぼすという考えは、正しい。ただ、子供の発育期に何を食べるかは、子供の意志とは関係ない。親から与えられたものを食べるしかない。何を与えられるかは、その時の社会環境による。こうなると、これは運命である。

 人間の体には、さまざまな臓器が詰まっている。内臓のほか、骨や筋肉なども含まれる。これらの臓器はそれぞれ独立した機能を持っているが、互いに調整しながら全体としてまとまって体をつくっている。

 個々の臓器の機能が百点満点のできなら、その人は長生きするだろう。しかし、すべて満点とはいかないのが普通であって、どこか弱いところがある。これが体質だ。年をとるとともに、弱いところが表面に出てきて寿命の足を引っ張る。

 体質は親から与えられるものだから、運命である。体質という漠然とした言い方は、遺伝子工学の発達によって変わるかもしれないが、いずれにせよ運命に違いない。

 私は、人間の寿命は発育期の食物と体質という運命的なものによって規定されると思っている。日頃の摂生はたかがしれている。医師としてあるまじき発言と叱られそうだが、運命論者になった方が気楽だし、長寿の秘訣は案外、こんな気楽さにあるのではあるまいか。

(1989年)

 

第3回 定年後

 私の職場は、定年が65歳である。特別な問題を起こさない限り、定年までおれそうだ。 定年過ぎたらどうするか?私は医者である。医者は技術者といえる。現在は設備の整った病院で働いているが、他の分野の技術者と違って、この病院から離れても働き口がないわけではない。極端な話、聴診器一つあれば、何とかやっていける。

 そうなれば、多くの収入は望めない。もっとも、今でも収入が多いわけではない。私はサラリーマン医師であるので、老後の生活観は、一般のサラリーマンと少し違うかもしれない。二、三考えていることがある。

 老後の設計のアンケート調査で、よく「好きなことをやって過ごす」「趣味に生きる」と答える人が多い。確かに、長年のサラリーマン生活を終え、定年後の解放感を満喫したい気持ちは分かる。

 しかし、趣味に生きるのも大変である。テニス、ゴルフも仕事の合間にやるから楽しいのであって「仕事が忙しくて、暇がない」とぼやきながらやっているうちが華である。これだけに生きるとなると、半年もすれば飽きてしまう。それは趣味に生きるというより、趣味にしがみついているのである。

 やはり、仕事をすべきなのだ。責任を持って仕事をし、それに対する報酬を受け取る。「銭を稼ぐ」ということは、最も手応えのある行為である。ボランティアはなかなか長続きしない。生活に困らなくても、仕事をしたら報酬を得るべきだと思う。

 仕事の種類、報酬の高について注文を付けなければ、仕事はあるだろう。自分の肉体条件だけを考え、過去の栄光や業績とは訣別する。そうしないと、いたずらに卑屈になるだけである。

 現職中のコネでいい仕事を見つける人はいる。また、趣味と実益を兼ねることのできる幸運な人もいるだろう。しかし、これらは選ばれた少数の人たちであって、一般ではない。

 平均寿命が伸びたのだから、定年になってもまだ人生は長い。この際、改めて一人で再出発するぐらいの意気込みがないとつまらない余生になってしまう。      

(1989年)


第4回 医療の演技

 テレビドラマや映画に医者が出てくる場面が結構多い。もちろん俳優が演じるのだが、どうも医者らしく見えない場合が少なくない。

 どんな職業でも、長年それに従事していると、本人が意識するしないにかかわらず、その職業独特の仕草というものが身に付いてくるものだ。医者も同じだが、具体的にどんな仕草かと問われると、曰わく言い難いところである。

 しかし、白衣を着てレントゲン写真を見たり、メスをもっているだけでは医者に見えないことは確かである。以前、開業医の誤診を題材にしたNHKのドラマを見た。小林桂樹が医者に扮していた。

 このドラマは、医学ものとしては秀作で、今でも印象に残っている。彼が治療室でけがを治療するシーンがあった。傷を処置して汚れたガーゼを膿盆に捨てるだけのシーンであるが、これが実に様になっていたのだ。多分、医者の仕草をよく観察した上での演技だったのだろう。

 胃がんの手術では、おなかを開いてから医者はまず肝臓を調べる。転移しているかどうかを触診するためだ。肝臓はおなかの奥の方にあるので、触るためにはおなかの中に手を入れるというより、腕をおなかの中に沈めるような感じになる。格好としては、一方の肩を落として上半身を軽くねじることになる。

 テレビの「白い巨塔」で中村伸郎がこの場面を演じていたがこれも様になっていた。

 ドラマの題名は忘れてしまったが、三国連太郎が産婦人科医に扮して、手術の手洗いをするシーンがあった。手を洗ってから両手を挙げたまま手術室に入っていく。ただそれだけのシーンだったが、ここでも私は医者を感じた。

 渥美清が獣医を演じたことがある。牛に人工授精をする場面であった。私は人工授精を実際に見たことはないが、彼は本当に種付けできるのではないか、と錯覚させるような達者な演技だった。見たことがなくても分かる。  

 この人たちはいずれも名優である。実際の行為をよく観察してその全体の流れを押さえてしまうのだろう。だから様になるのである。

 テレビドラマにもいろいろある。弁護士もの、刑事もの、警察ものなどである。それぞれの道のプロが、そのドラマを見て、実際の自分たちの動きと違うなと感じる場面があるだろう。時には失笑を禁じ得ないケースもあるのではないか。現代の職業人を演じる役者も大変である。この点、時代劇は楽だ。観客にアラ探しできる人はいないのだから。

(1989年)

 

 

第5回 女性の腕力

 十数年前のことである。ロンドンの街を一人で歩いていて、中学生とおぼしき男女の団体に出くわした。フランス語でしゃべっていたから、多分修学旅行の学生たちだったのだろう。

 ちょうどすれ違うとき、グループの中でけんかが始まった。男と女の一騎打ちである。めったにお目にかかれぬ光景と、私は大いに好奇心を燃やしたのだが、団体の他のメンバーは我関せずとばかり、スタスタ行ってしまう。

 残った二人は戦わざるを得ない。別に男の子が一人なだめ役に残っていたが、私が感心したのは、女の子の戦闘体勢である。目は怒りに燃え、スカートをはいているのに、長い脚を大股に開き、腕をブンブン振り回して男に打ってかかったのだ。そのリーチの長いことが今でも印象に残っている。

 男の子は最初、相手をこづいていたようだが、そのうち、両手を挙げてマアマアのポーズ。そして後ろを見せて逃げ出した。彼女は全力疾走で追撃、その表情は怒り心頭に発した、の観であった。

 夜でもあったので、二人はすぐ見えなくなり、その後どうなったか知るよしもない。しかし、こういう場合、男が意気地がないのは洋の東西を問わないようである。

 外国の女性は、一般に力が強い。もちろん、日本の女性と比較しての話だが、握手しても握力の強さに思わず相手の顔を見てしまうことがしばしばある。

 私は日本の女性ももっと筋力をつけた方がよいのではないか、と考えている。筋力の増強は体力の増強につながる。確かに身長は伸びているが、もっと肩幅を広げることだ。そうしないと腕力はつかない。

 男女雇用機会均等法の時代である。腕力の均等のないところに、権利の均等はない。これは人類の歴史の教えるところである。この原理は、今までもっぱら男同士の間に適用されてきた。男女の間に適用されて悪いという理由はない。         

(1989年)

 

第6回 脳動脈瘤と運命

 医者は運命論者というと奇異に聞こえるかもしれない。しかし、長年医者をやっていると、そう思わざるを得ない場合がままある。

 くも膜下出血という病気がある。脳卒中の一種で、脳動脈瘤の破裂が原因だ。ところで、脳動脈瘤は百人に一人や二人は持っている。日本の人口に合わせると膨大な数になる。それが破れる人と破れない人に分かれる。大部分の人は破れないまま墓場まで持っていく。

 日常生活で、どういう時に動脈瘤が破れるかを調べた統計がある。それによると、三分の一は睡眠中である。三分の一は普通の日常生活中。残りに何らかの誘因が認められる。重いものを持った瞬間、トイレでのいきみ、精神的なショックなどである。性行為も一つの誘因になっている。

 医者の中には「睡眠中が三分の一というのはおかしい。この人たちは横になっていたが、眠ってはいなかったのではないか」と下司のかんぐり的主張をする人がいるが、統計ではそうはなっていない。

 これらの誘因も日常よく経験することであって、特に異常なストレスというものではない。しかしこうなると、予防のしようがない。くも膜下出血は重病である。それだけに、発病に運命的なものを感じる。

 他の病気で検査した際、たまたま脳動脈瘤が見つかる場合がある。動脈瘤は破れない限り無症状だが、発見された時点で、この人にとって脳動脈瘤は運命でなくなる。どうするかを決めなくてはならない。

 これは大変難しい問題なので、一概には論じられないが、結論的には手術を受けた方がよいと思う。動脈瘤があると分かった以上、安心して暮らせないだろう。

 いつ破裂するか分からない時限爆弾を抱えているみたいなもので、神経質な人なら、ノイローゼになりかねない。たまたま検査を受けたのも運命的ということもできる。しかし、この考えでいくと、何もかも運命になってしまう。確かにそうかもしれないが、運命は人生の事象に接して感じるものであって、考えるものではあるまい。        

(1989年)

 

第7回 チャンポン言語

 最近、地下鉄の宣伝ポスターに面白いのがあった。ハイヒールを履いた女性の脚が歩く格好で描かれており、その下に英語で宣伝文句が書いてあった。脚は間違いなく外国女性のものである。このポスターに外国人から苦情が出た、と聞いたので改めて見ると、なるほどと思った。

 ポスターにはいろいろと英語が書いてあったが、CONVENIENTという単語が強調するように大きく印刷されていた。この単語を辞書で引くと、便利な、都合のよいなどの意味である。つまり、「地下鉄は便利な足ですよ」と、外国人に呼びかけるつもりだったのだろう。

 ところが、CONVENIENTには、このほかいろいろな意味がある。CONVENIENT SECRETARYを日本語に訳せば、便利な秘書となり、有能な秘書にもなろう。が、外国では、昼間も便利だが、夜も便利な秘書ととられかねない。

 日本語でも、便利な女性といえば、これに似たニュアンスが含まれていると思う。ある意味では、ユーモアとも受け取れるが、なまめかしい脚とCONVENIENTの組み合わせに、外国女性がカチンときたのではないか。昨今、日本語には英語が入り込んできている。ファッション雑誌とか、いわゆるナウい雑誌を開くと、ひらがな、カタカナ、漢字、外来語が入り交じって、私には理解できない場合もある。

 実は、このチャンポン言葉では医者が先輩。病院のカルテをご覧になった方はおわかりだろうが、日本語と横文字のチャンポンである。

 これをテニオハ英語という。戦前はテニオハドイツ語であった。長年の習慣である。外来の医学用語には、日本語訳があるが、これを使うとかえって混乱する場合が少なくない。

 日本語に外来語が入ってくるのは一向に差し支えないと思う。ただ、導入するなら、正しい使い方で導入してもらいたいものである。日本流に意味付けした外国語では誤解されるだけでなく、外国語でありながら外国人に通じない恐れがある。これでは無駄というほかない。

(1989年)

 

第8回 住宅の広さ

 日本でも欧米風の住宅が増えている。それでも靴を脱いで家に入る風習は変わっていない。

 屋内で靴を履く生活となると、まず床を頑丈にしなければならない。壁も靴に触れただけで壊れるようでは困る。床に布団を敷くわけにもいかないから、ベッドになる。ベッドはスペースをとる。

 つまり、屋内で靴を履く生活では、住空間が否応なく広がり、かつ頑丈になる。その証拠に、試しに靴を履いて日本家屋の中を歩いてみるといい。いかに狭く、軟らかいかが実感できるだろう。部屋にテーブル、ソファを置くのはいいとして、人間がそのすき間を身をよじるようにして歩くのでは靴の生活はできない。

 病院には車いすがある。体の不自由な人がうまく乗りこなしているが、慣れると介助なしに車いすからベッドに移れるようになる。

 ところで、この車いすを日本の住宅に持ち込んだらどうなるだろう。恐らく路地に迷い込んだ自動車みたいに、身動きがとれなくなるだろう。身動きとれたとしても行動範囲は極めて制限される。それもそのはず、車いすは本来、ベッド、靴の生活から生まれたものだからである。

 我々はいつ車いすのお世話にならないとも限らない。脳卒中で入院し、車いすの練習をするのはよい。しかし、退院して、自宅で車いすを使えるのと使えないのとでは、患者さんの練習意欲に雲泥の差が生じる。といってもいつまでも病院にはいられない。

 要は、住空間を思い切って拡大することである。日本の住宅事情から何を言っているか、と一笑に付されるだろうが、みんなの意識が変われば可能だと思う。もし不可能なら、日本は永遠に福祉国家になれないことになる。車いすが一種の贅沢品では困るのである。

(1989年)

 

第9回 医者の尊大さ

 現行制度によると、医学部の学生は二四歳で卒業できることになっている。もちろん順調にいっての話だ。そして国家試験に合格すると、法的には一人の医師である。しかし、二四歳というと、いろんな意味で若い。

 40代の男性を想定しよう。その人は社会に出てもう20年近くたっている。それなりに社会人としての経験も豊富だ。この男性が病気になって病院を訪れ、若い医師に当たったらどう思うだろう。若いから嫌だともいえないが、恐らく内心は不満なはずである。医師としての経験を不問にしても20歳と40歳の人では、社会人としてお互いに信頼できる人格同士とはならないだろう。

 医師と患者の関係は、一つの人間関係には違いないが、病気が介在する以上、万言を労しても決して平等な関係とはいえない。あからさまに言えば、治してやる、治してもらう、であって、治させてやるといえるのは昔の殿様ぐらいである。

 腕やお金など病気の治療をめぐる問題はさておいても、職業人としての医師に対する一般的な反感がある。尊大だ。健康人にも話し方が教え諭すような調子でカチンとくる。病気のことばかり得々としてしゃべる。ひどいのになると、高等教育を受けたうちでは、最も無教養な人種というものもある。

 社会人としての訓練が足りない、という意味であろう。が、考えてみれば、病気が対象とはいえ、若い時から会社の社長といえども頭を下げてくる職業に従事していると、人間だれでも多少は尊大になるものである。

 しかし、これは医師の欠点には違いないから、どうすればよいか、である。さしあたって妙案も思いつかないが、医学教育の中に人間学を導入するのも一法であろう。だが、人間学というのはつかまえどころがなく、へたをすると、接客業的礼儀を教える結果になりはしまいか。いんぎん無礼も不愉快なものだ。

 結論は平凡である。医師も日常恥をかくことも少なくなく、反省材料には事欠かない。医師はそれほど楽しい職業ではないのである。このような経験を謙虚にかみしめていけば、それでよいのではないか。多少時間がかかるが、致し方ない。

(1989年)

 

第10回 女医への偏見

 東京女子医大に勤めているせいか、女医さんについてよく聞かれる。女子医大は、女医ばかりで、私はまるで女の園で働いているように思われているらしい。

 確かにこの大学では、学生はすべて女性だ。しかし、勤務医について言えば、女医は30%である。10年前の統計だが、日本の女医は全医師の10%だった。もちろん現在はもっと増えているが、そのころ、米国では12%、西ドイツ22%、フランス14%、ソ連では70%が女医である。ソ連では医師は女性の職業といえる。

 女性は医師に向いているのかとよく聞かれる。これは難しい質問である。いろいろのことを考えなければならない。まず、体力。これは男女に差はないと思う。スポーツの記録を見ると、女性は男性に劣る。だから、長時間の手術に女性は耐えられないと思われがちだ。しかし、スポーツで競うのは、筋力と瞬発力である。これは男性の方が勝っている。

 一方、手術は重労働ではあるが、そんなに強い力はいらない。必要なのは、持久力、忍耐力である。これはむしろ女性の方が勝っているのではあるまいか。

 女医に対する批判として「積極性に乏しい」「視野が狭い」「感情的だ」「決断力が鈍い」などと聞く。思い当たる節もあるが、これとて、女医特有のものではない。男の医師にも結構見られる。とりわけ、若い医師に多いように思われる。これらは経験を積めばおのずと克服されてくる。ただ、男の医師は、これをごまかしたり、隠したりするすべを知っている。

 その点、女医はナイーブで損をしているようだ。正直は美徳であるが、何となく頼りなく見えるのも事実である。

 このように考えると、医師の適性に男女差はないことになるが、現実には差別はある。「女はだめだ」という漠然とした社会的偏見は根強い。また、女医もそうした見方を甘受している面がある。

 女医の場合、医学の修行と出産・育児の時期が重なってくる。これは大きな負担で、勉強にも遅れが出る。若いうちに出産・育児を繰り返せば、勉学の意欲が減退しても無理はない。これはどうしようもないことだ。男の医師として、とやかく言える筋合いのものではない。社会の仕組みを変えるしかなさそうである。


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