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サクセス・エイジング(ザ・ファクトNo.4)
ニコラス・コニー ほか 著
岡安 大仁(元日大教授)監修
B6、260p 、\2,800

積極的老後のすすめ。高齢者の実社会への役割とその活用を考え、高齢化社会の最新のスキームを具体的に提示する。これからの高齢者の理想的な生き方を、医学・社会的側面からトータル的に考えたい人のために。医療従事者、行政従事者だけであらゆる成人の必読書。

第二版発刊にあたって

本書の初版が発刊されてから、この八年間に、加齡に関する分野でも多大な業績が認められている。また、この分野への人々の関心も非常に高まり、経済的にも社会的にも重要な地位を占めるようになってきた。この期間、多くの高齢者のおかれた環境は改善され、生活態度もより活力あるものになってきたのは喜ばしいことではあるが、まだまだ一般的であるとはとても思えない状況にある。とはいうものの、医学の進歩はめざましく、政策面の改革も行われており、今、われわれは新しい情報とアイディアを提供することができると思う。
この書籍が、加齡についてのいろいろ知識を提供するだけではなく、読者自身が加齡を経験するなかで多くの事柄に挑戦するための指針となることを願ってやまない。

 一九九二年四月 ケンブリッジにて
N・コニー
W・ダビソン
S・ウエブスター

目次

1第二版発刊にあたって
2高齢化社会の到来
3高齢者社会の利点
4退職ーチャンス到来
5生活環境
6身体的障害
7英国の高齢者サービス
8加齡の生物学
9加齢にともなう変化
10 身体の変化
11 加齢にともなう脳の変化
12 加齢と精神的問題
13脳卒中、パーキンソン病、運動神経障害
14活動性
15栄養と消化
16排尿コントロール
17心臓、血管、肺の変化
18眼、耳、歯、皮膚、足
19がん
20くすり
21家庭における高齢患者の介護
22死ぬということ
23死別

2高齢社会の利点

個人的な利点
歳をとることは人生に深さと幅をあたえる。それは光栄ともいえるし、生活を楽しみ人生を活動的に長く過ごす機会ともいえる。時間があるほど新しい技術を身につけ、才能をみがくことができる。長寿をまっとうできるようになると、何世代、おそらく六世代(しめて一五〇年以上)にもわたって人生を楽しみ経験することができるようになるだろう。

高齢者の責任
高齢人口が占める割合(約一五%)は、放っておくにはあまりにも多すぎる。つまり高齢者の数が、長期間他人にたよって生活し続けるには、あまりにも多すぎるのだ。1章のはじめに述べたように、高齢者の技術や才能は、価値があり、貴重でもあり、無駄にできない。

どのようにして人の重荷にならずに生きていくか
健康保持
健康保持とは、肉体的あるいは精神的な活動(次の章に述べられている)を規則正しくおこなうといった意味ではない。常に自分が理想的と考えている、健康的な生活をおくるように努力することである。そのためには、食生活を改善し( 章)脂肪や精製糖を減らし、新鮮な果物や野菜を食べることだ。アルコールを飲み過ぎず、煙草もやめる(もしあなたが喫煙中ならば)。よい習慣を身につけるには、遅すぎるということはない。かりに高齢になってから始めたとしても、気分もよくなり実用面でも利益が得られるはずである。自分の健康は自分の責任であることを常に忘れてはならない。

必要以上の危険はおかさないこと
歳をとればとるほど、生きるうえで危険が増えるのは仕方のないことである。しかし活動するときには、危険性と有益性を慎重に考えなければならない。もちろん、楽しいか必要性がある場合の話だが。安全でない家には住まないように。安全に運転する自信がなくなったら、車を運転しないように。忠告は聞くように、とくに薬やアルコールのような危険な物質については。

他の人の感情や心配を考えること
独立心が旺盛すぎるとほめられるだろうが、一方逆に、人を不安に陥れたり心配をかけることにもなる。あなたを愛したり、あなたに愛情をもっている人々は、あなた程精神的に強くはないかもしれない。だから、あなたが強い決意で、是が非でも自分で自立してやろうとすると、反対されるかもしれない。そのような人々の不安や親切を正しく理解するように! それがたとえ自分のためでなかったとしても、少しは妥協しなければならない。

年齢を武器にしてはいけない
「そのお年では、若い方のようには回復しませんよ」、などと高齢をいいことに、いいかげんな治療を棚にあげていわれたら不満に思うのは当然だ。しかしたんに歳をとっているだけの理由で、人が尊敬したり従うものと考えるのは間違っている。たとえそれがなんであっても、順序だてて筋道をたてて説明することが大切で、決して感情的になったり脅かしてはならない。また、必要なら何回も説明しなければならない。

どうしたら歳相応になれるか
この社会は、高齢者から大きな恩恵を受けている。主なものだけでも、いろいろな業績、辛い仕事、税金、長年にわたる愛情と世話など数しれない。ところが高齢者の本当の役割というのは、過去の成果や回顧ではなく、また、生きている歴史でもない。それは、今のわれわれの一部であり、また未来の一部なのである。

ボランティアをする
最近では中流の中年女性は、仕事をもっているだけでなく、たとえ子どもが生まれた後でも仕事を続けるためボランティアをする人が減ってきている。この空白を埋めることができるのは、若者と高齢者しかいない。とくに高齢者は、経験も豊かなうえ今後一〇年以上も続けることができる。今では多くのサービスが、高齢者のボランティアに頼っている。たとえば、食事の移動サービスや病院への車のサービス、美術館と国の信託財産の案内、管理あるいは病院などの施設の親睦会などである。このような活動をはじめても、そう価値がある地区サービスとは思えないけれども、なにか新しいものに興味をもったり、視野を広げるよい機会にはなるだろう。

助言者となる
目まぐるしく移り変わる社会のなかで、機器や技術に関する知識は、本屋の棚にのるまもなくすぐに時代遅れとなってしまう。幸いにも人の振舞いはそう変わるものではない。いや全くかわらないといってもいいだろう。長い人生のなかで得た経験や特技は、相談相手になったり助言をするために得難いものである。その能力をもっているのが、まさに高齢者である。すなわち市民の相談局、クルーズ、サマリタン、その他の組織においてなくてはならない存在になっている。

介護者になる
介護者になるときは、希望してなるよりも偶然になる場合が一般的である。また、介護者の大部分は年金生活者で、たいていは優秀で非常に献身的である。介護は非常に重要な仕事であり、従来個々の介護者によって行なわれているが、社会的に真剣に取り組まれるべきものである。介護者の数が増えるほど、仕事は楽になり、その役割は社会的に認められるようになる。それらの介護は高齢者のためだけにおこなわれるものではなく、障害をもった子どもたち(孫)や若者のためにも必要なものである。その必要性は幅広いがゆえに、その機会は非常に大きいといえる。

教師になる
高齢者が年下のものに教えることができることは数しれなくある。一般には、教師と生徒の年齢差が大きいほど、お互いの満足度は高くなる。たとえば、子どもと祖父母との間ではごく自然に上手くいくのは、お互いに相手を理解しているからである。そこには自然な調和が生まれる。ソクラテスが、「かれの教え方が子どもを堕落させる」と非難されたのは、七〇歳のときだった。それはおそらく、当時の政治支配者たちが、ソクラテスの成功と名声をその内容とともに恐れていたからである。
今では、歴史を語ることの価値と利益が評価されるようになってきた。高齢者が若い時代の経験を語る機会をつくらなけらばならない。そうすると、若者はむかしの社会をよく理解できるようになる。フィルムに記録された歴史的な出来事なども、高齢の人たちによって解説されたなら、見る人に一層実感されることだろう。とくに、見る人が若かったり感受性の強い場合はなおさらである。具体的にいえば、テレビなどの全国的なものから、学校のような地区的なもの、あるいは親しい仲間や近くの人たちや家族などが対象になる。だからそこでは、ほとんどの高齢者がその気さえあれば、むかしの経験を思いおこしたり述べることができる。しかし実際は、高齢者は用心深く、そのようにする人は少ない。
政治家たちは退職したあとでも多くの人が、テレビのインタビューや新聞の論説、招待講演、あるいは自伝を出したりして、むかしのことをよく話している。一八九四年に生まれたハロルド=マックミランは、人気のある政治評論家になった。というよりは、むしろ自分がむかし行った政策の反対者になった。二〇世紀の歴史の説明と解釈をすべて価値あるものにした人である。
デームフレイヤ=スタークは、九〇歳になってからも各国を旅行をしながら、中近東で過去五〇年間におこった変化を自分の経験を通じて教えた。パブロ=カサル(一八七六〜一九七三)は、八〇歳の誕生日までチェロを弾きチェロを教えた。ニネッテ=バロアのような有名なダンサーは、若いダンサーに励ましと機会を与えた。自分が踊れなくなったあとも、教室の開設を手伝ったり会社を設立した。
明らかに歳をとるほど、人に与えるものも大きいということである。高齢者たちに働いてもらうことを躊躇してはならない。高齢者のむかしの経験(むろん失敗も含んでいるが)から学ぶことは、恥でもなんでもない。歳をとっているほど、その知識はますます貴重なものであり、ほっておいてはその人たちの死とともに消え去ってしまう。

成功する歳のとりかた
社会における高齢者
社会や政治のなかで最も成功している高齢者は、自分の相手をうまく管理できた人たちである。これが名誉ある功績かどうかは、個人の考え方によるだろうが。ロナルド=レーガンは、一九一一年に生まれて、いろんな職業についたあと、歴史的にみても世界中で最も力強い民主政体である米国の大統領となった。かれの好敵手にあたるソビエト社会主義連邦の政治家たちも、つい最近までレーガンと同様にかなり高齢であった。
ウインストン=チャーチル(一八七四〜一九六五)は、長い政治生活(何度も所属を変わっている)のあと戦時中に、ほとんどの人が退職を迎える歳に首相となった。かれが最も活躍して影響を与えたのは、六五歳から八〇歳の間である。かれは首相の職を退いて一〇年後、九〇歳で生涯を終えた。そして英国の前首相であるマーガレット=サッチャーも年金生活対象者になって久しい。英国の前首相であるエドワード=ヒースは、七四歳で一九九一年の湾岸戦争のときに、病気や高齢(ほとんどはエドワードヒースより若かったが)の捕虜の帰還を交渉するために、全権公使として中近東に行っている。
皇太后が、「エリザベス女王陛下」を書いたときには、九〇歳を越えていたが、まだ活力をもっていたし、時代性を失っていなかった。このことは、多くの人に刺激と感嘆を与え、高齢者はだれでも社会を豊かにするために見合った貢献ができることを認識させた。
ロード=ソーパーは八〇代になってからも活動的な社会生活を続けた。ハイドパークコーナーやタワーヒルで定期的に講演をし、八〇歳の誕生日の直後にはオックスフォード=ユニオンで愛国主義の討論に参加し、かれの有名な一九三三年の「王と国家についての討論」が記録に残されている。ロード=ソーパーは、一方的武装解除の理論を、その議論が始まった一九五〇年からずっと主張している。ロード=バートラム=ラッセル(一八七二〜一九七〇)もまた、人々の記憶に奥深く残っている一人である。かれは老年期に平和活動に最も関与していた。かれの才能は、数学や著述から哲学にいたるまでかなり幅広かった。九八歳まで生き、その最後の歳まで相手に関わらず一方的に武装解除すべきことを強く確信し、最後にはその活動をささえた。
ロード=デニングは、八三歳で控訴院判事の職を退いた。かれは判決で有名(悪名?)になった。退職してからも社会的に世間の注目を集め、その見解を以前にもまして広く発表した。確かに、ここにあげた人々は特殊な例である。かれらの考え方や対象は驚くべく多彩である。ただかれらに共通する基本点は、人に感銘を与え、説得し、人たちを管理する能力をもっていることである。かれらが成功した理由の一つは、長い活動的な人生を通じて才能を磨き完成させる機会に恵まれたことである。幸運にも、高齢になってからも健康で活動的であったため、このように社会に価値ある貢献をし続けることができたのである。かれのようにはいかなくとも、すべての人にこの可能性が与えられている。

  芸術界の高齢者たち
老年期は人生を完成させる最後の段階である。長生きできるほど、すばらしい人生を築くことができる。したがって老年期まで生きることが、その可能性を一層大きくすることになる。歳をとるとすべて衰えてくるように思われているが、すべての活動や才能について当てはまるわけではない。才能のなかには、一時的に花が開いても最終的には実りがないものもある。
普通、そのような失敗は、すぐに消えさってしまう一時的な流行に気をとられるためである。たぶん、あとになってからは、「そんなことはなかった」、というだろうが。

つづく

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