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避妊革命
いま性と避妊を見直す(ザ・ファクトNo.1)

ピーター・ブローヴィック ほか著
川越 厚(賛育会病院院長、前東大講師)ほか訳
B6 、330p、\3,400

避妊を歴史、民族、宗教から最新医学を通じて検証する。年齢・体質にあったピルなどの避妊法と性のトータルな教育書。

1 プロローグ

この本は避妊について書かれたものである。思いがけない妊娠を防ぐ方法については無論のこと、どのような方法が失敗しやすいか、妊娠した場合にどうすればよいか、などについても記載した。しかし、妊娠を防ぐ方法について検討する前に、少し歴史的な紹介から始めよう。たとえば避妊についての習慣やタブー、宗教的立場と人口の爆発的増加について論じてみる。


避妊
ほとんどの性的活動は子どもをつくるためよりも、むしろ気晴らしのために行われてきたといってよく、歴史上いくつかの避妊の方法が用いられてきている。
出産コントロールに対しては、一般社会の習慣や生活様式よりも、政府の方針や規制の方が変わることが多かった。人々は政府や教会の期待どおりに、いつも振る舞ったわけでなく、政府のお偉方やその筋の専門家が避妊に反対していたときでも、出産の制限は個人の思い通りに行われていただけであった。たとえば、旧東独の場合などは、国は出生率を上げるために国家予算の四パーセントも出産奨励のために使っているのに、あまり効果が上がっていない。その結果、東独はヨーロッパの他の国とおなじように、出生率は低く人口の老齢化が進んでいる。この老齢化の現象は、社会の灰色化と呼ばれていて、高度に工業化された国の姿でもある。 一般に消費物の需要が増加してくると、産児制限を叫ぶ声はほとんど訊かれなくなる。いつの時代でも、国が考えているように、子どもを幾人もつくろうとする人などはほとんどいない。そんなわけだから、国が考えているよりも子どもの数は少なくなる。ただ、一つの大きな例外が中国である。「一家族に、一人の子ども」というキャンペーンは成功しそうにない。とくに国の管理が行き届かない地域ではその傾向が強いという。国が実際にできたことと言えば、一向に進まない産児制限になにか新しい方法をこうじることぐらいである。
人類が避妊について考え始めたのは、おそらく一万年以上も前のことだろう。人間が遊牧的な狩猟生活から、定住する農耕生活に移行して、動物的暮らしから脱却したときである。子どもは、神からの贈り物といわれるが、養わなければならず、そのような子どもを驚きもせずに受け入れることができたのは、おそらく農業が始まってからのことであろう。そういうものの、子どもは労働力として実際大変役立ったし、子どもを計画的につくることもできた。このような初期の頃の農夫たちにとって、妻や子どもは財産であり、富を作り出し維持する源泉でもあった。そのため、子どもができないことを、子どもが生まれるよりも、ずっと心配していた。やがて人々は、妊娠と生まれてくる子どもについて考え始めるようになった。この頃、農夫は雄牛を去勢することにより、一層飼育がやりやすく、肉の質も向上することに気がついた。そんなこともあって、雄牛の数はあまり増えなくなった。
北フィンランドに住むラップランド人は、トナカイの牧夫として遊牧生活をするヨーロッパに残された最後の農夫たちである。今でも、雄牛を撲殺する計画を立てると、殺す二年も前に去勢する。もちろん今では、地面でこの動物と取っ組み合って、精巣を摘出するような昔ながらの方法を行っているわけではない。しかしトナカイに対しては、今でもこのような昔ながらの方法を行っている。去勢されたトナカイはセックスに興味を失うかわりに、食べることに熱中して肥ってくる。
女性崇拝者と自称する学者たちは、女と子どもに対する男たちの態度が変化したのは定住生活が進んだためだ、といっている。農夫は、多くの雄の動物を去勢したり殺したりしたが、雌の動物は食用のためやミルクをとるため、あるいは毛をとるために飼育した。そして、動物をコントロールできたように、人間をもコントロールしようとする考え方が生まれてきた。去勢をすることは、人間に対しては明らかに極端すぎる方法であるといえるけれども、むかしヴァチカン政府は、一度、何千人もの若い少年の去勢を行おうとしたことがあった。これは人口をコントロールしようというよりは、歌を上手に唱えるようにするためだった。
多くの人たちが農業をやめて村や町に定着したことが、人間の社会に次のような発展をもたらした。初期の頃は、医療は村や町の年老いた賢い人たちの仕事とされていた。これが最初の医師の誕生である。これらの最初の医師たちの多くは治療を記述している。それらの記述をみると、避妊は医師にとっても患者にとっても、簡単なことではなかった。初めの頃、避妊は習慣やタブーの混じり合ったもので、バリアー法、授乳、呪術的呪いに頼っていた。もし失敗したときは、堕胎か嬰児殺しを行った。文化の違いにより、異なった方法がとられている。
避妊が成功するためにもっとも重要なことは、本人が気に入った方法を選べることである。その方法がもたらす利益と損失は確かに大きな要素ではあるが、妊娠したくないという気持がもっとも大切なことである。
習慣とタブー
さまざまなその社会の文化や生活様式が、避妊に役だっていることも少なくはない。たとえば、妊娠後期や出産してから数カ月の期間などで、いろんな人に世話や看護をされることが多くなるだろう。最も多くみうけられた、本当にあったことだが、女が妊娠するとすぐに実家に帰る習慣があった。この習慣は、出産の後、数カ月から数年間に及ぶこともあった。生まれたすべての子どもの場合もあり、初めの子どもだけの場合もあった。これらの習慣には、明らかに実際的な利点がある。祖母は肉体的な手助けや精神的な支えとなるだけでなく、実際的な知識を持っていた。さらに、夫と離れているので、妊娠を防ぐことができた。この他にも、広く行われている習慣がある。それはあまり厳密な避妊方法ではないが、確実に避妊に役立っている。処女は国によらず賞賛されることが多いが、たまには童貞が賞賛されることもある。また、宗教の中には純潔を賞賛しているものもある。聖職者は独身を期待されることが多く、とくに宗教が組織化されてくると、修道士や修道女は一層独身が尊ばれた。
避妊の役割を完全に果たす機能を持ったものに、貞操帯(純潔ベルト)とインフイブレーション(infibulation)がある。インフイブレーションとは、男に対して用いられる貞操帯のようなもので、勃起すると痛くなり性交ができないように、ぺニスの表面の皮膚の周りに輪を付けるようにできている。
初期の社会では、未亡人はやもめ暮らしをするのが、当たり前のように考えられていた。夫を失うようなことがあると、妻は再婚することもできず、ただ過去の思い出にふけり暮らすしかないというのが、当時の普通の考え方であった。未亡人たちがすべて、このような禁欲生活を行なっていたわけではなく、実際には男と関係することもあった。しかし現実はそう甘くなく、妊娠するとなると世間がうるさかったので、ほとんどの人は耐え忍ぶよりなかった。一方、密かに避妊が行なわれることもあった。とくに、国が独裁的な政策や方針を実行したり、宗教が組織化されたときなどに顕著に現れることが多かった。宗教の中には月経をタブー視するものもあり、妊娠を増加させる結果となった。たとえば、ジスイット教団ではニッダーを信仰していて、女は不潔な生き物なので、月経の間は性交を慎まなければならなかった。その結果、月経が終ってから一週間に、ほとんどの男女が性行為をすることになってしまった。この期間は最も妊娠しやすい期間である。
授乳
乳児が乳離れをするまで、男女の性的接触は禁止されるべきであるというタブーを、授乳は連想させる。授乳は確かに効果があるが、ほとんどの人が思っているよりも、頻繁にする必要がある。(一〇章参照)
魔術的呪文、呪い、手法
これらの方法は、今では行われていないが、かつて広く行われていた。如何に人々が避妊を熱望していたかがわかる。最も興味あるものに、ヒポクラテスが紀元前四〇〇年に記述したものがある。それは、避妊に関係する知識としてだけではなく、性に光明をあてたものとして注目される。彼はあるとき、一人のギリシャ婦人に相談をもちかけられた。その婦人は、彼女の奴隷であるスラブ系の少女をつれて来た。少女は踊り子で売春をさせられていた。その婦人にお金を稼ぐためである。そのため、婦人は少女が妊娠しないようにと望んでいた。ヒポクラテスはその少女に「性交の後でジャンプを繰り返すように」といい、「飛び上がって足が下についたとき、お尻が足のヒールにつくようにしなさい」と指示した。彼女は激しく踊ったので、妊娠しないですんだ、といわれている。その後幾人かの医師が、堕胎をするためにこの方法を実際に試みているのは、大変興味深いことである。しかし、それはヒポクラテスの誓いを破ることになった。(一二章参照)
千年前に亡くなったギリシャの偉大な医師、アル=ラジは、妊娠を避けたい女性のために助言している。「射精の後、直ぐに女性は立ち上がり、数回くしゃみをし鼻をかんだあと、大声で叫び七回から九回激しく後ろの方にジャンプすればよい」 後ろの方に七回から九回ジャンプすると妊娠を防げるが、前の方におなじ数だけジャンプしても、避妊効果があるのは確かである(ただしこの回数はまじないの他のなにものでもない)。
バリアー避妊法
今世紀の始めから使われだしたゴムを用いた避妊法は、使用法が簡単なこともあって、性行為感染症を防ぐためにも利用されている。今では常識になっているが、若い男性を調査したところ、七四パーセントの人々が、コンドームは妻や特定のパートナーに用いるにはあまり適していない、といっている。しかし感染が心配のときは、必ず用いている。
バリアー避妊法は、昔のイスラム社会においては、普通の風邪からライ病などとおなじように、医師のためのハンドブックの中に載っている。その中では、何も特別なものとしてではなく、医師が行うサービスの一つであると書かれている。バリアー避妊法は、使うときに見ることができる点で明らかに優れていると思うけれども、まずそれを使って性交すると、妊娠するのはどのようなときか、よくその関係を考えておく必要がある。(六章参照)
堕胎と嬰児殺し
堕胎は、歴史的にみても非常に長く行われてきた。古代社会の遺物の中にも、堕胎に用いられた器具が、考古学者によってたくさん発見されている。初期の頃に医師が堕胎を行った記録は数多く残されている。原始社会では、フオーク処置(子宮の入り口を尖ったもので突く方法)が行われている。WHOは、これらの処置について調査検証をしている。堕胎に対する人々の態度が、どのように変化したか、一二章と一三章で検討する。不法に行われていた堕胎が、現在のような適法な中絶になったことは、忘れてはならない重要なことと思う。それによって、世の中の女性たちが、安全な中絶を受けられるようになった。中絶が、国や宗教の問題から個人的な問題として考えられるようになったことも見逃してはならない。どのような社会においても、いつの時代でも、中絶は女性と医師の二人が関係する問題であったが、今では避妊薬が発達したために、医師は追い出されかねない状況になっている。(一三章参照)。
何世紀もの間、哲学者たちは個人とはどのような存在か、議論をかさねてきた。今では人はみな権利を持っていることが社会的に認められているだけではなく、いろいろな保護も与えられるようになってきている。個人的に考えると、生きるということや、生きる能力があるということ、あるいは人間であること自体も、おなじわけではなく、一般的にはどんな社会でも、個人は生まれたときから徐々に経験を積んでいくものと考えられている。普通、胎児(妊娠三ヶ月後の胎児)は一個の人間とみなされていない。すなわち、胎児はなんら保証を与えられていないことになる。また、妊婦には中絶するかどうか決める権利がある、と考えられている。しかし、妊婦にどんな権利もあるあるわけではなく、たいていは妊娠の後期になると、胎児は保護されなければならないと考えられている。
嬰児殺しについては、一層判断が難しくなる。「何が常識なのか誰も知らない」というのが、本当のところだろう。コンスタンチン皇帝は、嬰児殺しを禁じた最初の人である。親が養えないので、その子どもたちの生活のために、お金を利用できるようにした。また、産業革命の頃、英国では、子どもを養うことができず、捨て子養育院に置き去りにすることもまれではなかった。親たちは養育院に拾ってもらおうとして子どもを捨てたのである。その子どもたちは、養育院に保護され、世話をしてもらった。親たちは、子どもを養えるようになったときには、きっと子どもをもらいに来るからというのが常だったが、たいていの子どもは思春期まで生きることもなく、親が迎えに来たという話は、聞くこともできない。ほとんどの子どもは、病気と親の助けが得られないで亡くなったのだが、中には殺された子どもすらいた。今の世の中では、嬰児殺しにあたいするもの、生まれた子どもが奇形であったり、無理矢理に犯されて生まれたとか、法律によってきびしく規制されている。たいがいの国では、女の子は喜ばれず、生まれた頃に殺されることもあった。そのようなことが、世界のある地域、たとえば中国の辺境の地域などで、行われていた。その証拠に、学校へ行く年齢に達した女子の数が、男子の半数であったということが端的に物語っている。男子は、土地を耕すことができて労働力になるので、家族に富をもたらすことができるけれども、女子はお金がかかるだけでなく、結婚したら家族と離れることになり、そのうえに親から離れるときには、相手の男にお金を支払うことになる。このような習慣はまだ生きている。英国ですら、結婚式の費用は花嫁の親たちが負担しているという。
避妊に対する一般的態度
近隣の国や民族グループに驚異を感じていない国は、他国を侵略したり、他国を支配しようとする国に比べると、人口問題にあまり積極的ではない。そのような社会の例として、フランコ=プロシア戦争の後と第二次世界大戦の後のフランス、ファシスト党の支配下にあったドイツ、スターリンが統治していたときのロシアなどがある。これらの国では、避妊は不法行為とされていたので、実際にはほとんどできなかった。全体主義政策が推し進められるにつれて、避妊は益々禁止されるようになった。国粋主義やファシスト組織においては、避妊や避妊を行う人はたいがい非難、攻撃されている。古くは、ワッフエンSSであり、アイルランド共和国軍隊がそのよい例である。ルーマニアでは一九八九年の革命の前、国の利益のために、女性たちは子どもを産む機械となるように強制されていた。避妊や中絶は禁止され、夫婦は五人の子どもをつくるように強制された。
避妊に対する宗教的態度
避妊について、宗教的立場から考えを述べている教派の一つに、ユダヤ教がある。創世紀の中に、オナンは殺される話が載っている。たぶん自分の種(精液)がこぼれたことが原因だと思われるが、それがどんな罪であったか、本当のところはわからない。彼が性交中断を試みていたとするなら、避妊に失敗して殺された最初の人になる。ユダヤ教の指導者であるラビたちは、避妊について、個々の問題は議論したが、禁止するか、許容するか、統一的な見解は示せなかった。しかし大筋においては、避妊法の利用を減らす結果になった。初期のラビたちは、現在の経済学者がよく知っている見解を明らかにした最初の人たちである。それは、「あるサービスを望んでいる人々に障壁をつくると、そのサービスを利用する人は少なくなる」というものである。 マニ教は特異な教義を持っていた。この教えは、三世紀にペルシャで始まって、中国、スペインまで広がり、一五世紀まで続いた。それは自らの権利の中の宗教である。グレーシス主義から派生したもので、キリスト教の異教とみなされている。マニの信者たちは、ゾロアスターや釈迦、キリストを伝承する最後の流れであった。マニ教徒は、「この世の始まりは、光の父であり、その国は、暗黒の王によって侵略された」と信じていた。暗黒の王と戦うために光の父は人になった。気持の悪い食人の因習や強姦、堕胎が繰り返された後、最初の両親が創造された。その両親は我々の心の中にある。我々個人はすべて、始祖である皇子から生まれた、光の粒子(魂)である。ある時突然、我々の魂は互いに結合する。しかし、人間が繁殖し続けて、我々の各々の中にある「その光」を薄めるならば、結合は起こらない。マニ教は子どもをもつことは罪深いことと考えていたので、何らかの理由で、避妊や堕胎が信者に強制されたが、彼らはすべての人がこれを守るとは思っていなかった。また、社会の人々を「ヒアラー」と「エレクト」の二つの段階に分けた。「ヒアラー」は土地を耕作することを許され、子どもをもつこともできたが、一方「エレクト」はそんなことはできず、「ヒアラー」を手助けしなければならなかった。
グノーシス主義とおなじように、初期のキリスト教徒は世界(地球)は人で満ちており、今いる人間で十分であると信じていた。避妊のモラルについても、人工的避妊法を認めず、ユダヤ人よりも信心深かった。アレキサンドリアのクレメンス教皇以後、子どもを産むことと、キリスト教徒として両親によって教育されることが、結婚の最も重要な目的になっていた。処女性と純潔、未亡人の貞節なやもめ暮らし、を誉め称えた。また、結婚以外の性交は、とくに父親の監督が行き届かない子どもをつくる危険がある、といって認めようとしていない。人口の問題より、その子どもが最高に生き甲斐のある人生をおくらせたいと思っていた。彼らは、人口のゼロ成長がどんな意味があるのか理解することはできず、ただこの世の中は死んだ人の代わりに、新しい人が生まれて入れ替わるだけで、人口は増える必要がないと考えていた。ヨーロッパ、とくにフランスでは、フランス革命の頃に、キリスト教徒の考え方が変わり始めた。革命の主導者たちは、すべての人間の権利と尊厳を強調し、人民に対する教会の力も衰えてきた。始めの頃は、妊娠は神と宗教の問題とされていて、主な地域では避妊は認められていなかった。当時、フランスの出生率は、現代のような避妊の方法がないにもかかわらず低下した。これには二つの問題が関係している 。男も女も、たいてい、できるだけ子どもをつくらないようにした。そのために最も効果的な方法は、本人たちに子どもをつくらないように決心をさせることと、そのために手伝いをすることである。ほとんどの人たちは、避妊の方法が自由に得られるわけではなく、満足なものではなかったのだが、子どもの人数を制限していた。実際に行われていたのは、今の我々には考えられない方法である。
キリスト教はこの世紀の間に影響力が低下し始めた。カトリック教会は相変わらず伝統的な教育を強く押し進めようとしたが、支配力は緩み、とくに西の地域では、教義がないがしろにされ始めていた。フランスのジェマイト教の聖グスタフ=マーテレットは、人間の生命力を論じた中で、避妊は性交のときに愛がなかったときのみ認めてよい、と主張した。これが最初に適用されたのが、レイプである。売春や思いがけず強姦されたようなときにもあてはまると思うが、結婚している場合でも、配偶者の片方が無理矢理性交を行ったとか、酒に酔っていたときなどにもいえることである。
経済学者たちが避妊薬の自由化に影響を及ぼし始めてきた。長い年月の間、ソビエトは経口避妊薬とコンドームをつくる工場はただ一カ所しかなかった。そのため、避妊はごく限られた特権階級しか利用することができず、一般の人々は中絶に頼るしかなかった。だれでも自由に国の健康組織で中絶を受けられた。それを歓迎すべきことだと、経済学者たちがいっているのは、中絶は診療所や病院で行われるので、実際に行った人数を簡単に計算でき、中央政府の計画とコントロールがしやすくなるという背景がある。もし、手術によらない方法が行われると、とても避妊の数を計算することはできなくなる。これに似たことが、アメリカやイギリスでも、医療予算が縮小したときに起こっているようだ。もしそのようになると、家族計画のクリニックは閉鎖に追い込まれることになる。しかし実際には中絶が行われているようである。これは病院の数が増加したことからもわかる。
人口爆発
人口の過剰は何も今だけの問題ではない。「地球は人で満ち満ちている」ということは、いつもいわれてきたことだ。しかし、今の我々の社会はそうではない。一七九三年に中国の哲人、Hung Liang Chiは、人口過剰を社会の悲劇の原因のもとと考えた。一七九八年イギリスでは聖職者のトーマス=マルサスがかの有名な人口論(Essay on population)の中で次のように警告している。 「人間の増加は食べ物の蓄えをなくし、ついに疫病や凶作、戦争、モラルの喪失をもたらすことになる。そこで、人口の増加を防ぐために同性愛を押し進めるべきだ」と。小さな地域では人々の増加は移住によって減らすことができる。アイルランドのカトリック教会は、数世紀の間、忠実な信者に大家族制を奨励していた。人口が増加すると国の資源が維持できなくなる。これは移住を通して処理され、数世紀にわたってアイルランドはイギリスやイギリス連邦、アメリカ合衆国に安価な労働力を提供した。世界の人口は数世紀の間増加し続けている。特に最近、人口の増加率が極めて加速している。世界の人口は一六五〇年には六億人であったが一八五〇年には一〇億人、一九三〇年には二〇億人、一九六〇年には三〇億人、一九七四年に四〇億人になったが、国際連合は、近いうちに五〇億人になるだろうと一九八七年に発表した。この増加は出生が増えているからでなく、その主な理由は、女性が子どもをつくる年までに、ほとんど死ななくなったことによる。このような急速な人口の増加が続けば一体何が起こってくるのだろうか。世の中の中心は、若い人達でなければならない。そして、子どもたちを持たねばならない。
エイズの広がりを悲観的に見る人たちが正しいとしても、今から二千年の間にエイズで死ぬ人は一〇〇万人にしかならず、その間に人が産まれてくる人は一〇億人になる。ちょっとした進歩が、人口過剰の危険を生むと多くの人は警告している。何世紀の間、飢饉が常に襲ってきた。そして、それは避けられないこととして考えられてきた。一九六〇年になってさらに多くの関係が生じ、人々は人口について考え始めた。インドやその他のアジアの一部では、飢饉が予測されたし、一九六〇年の初め頃には、数百万人が飢えのために死ぬと思われていた。しかし、そうはならなかった。少なくともアジアにおいては思われていたほど死ななかったのである。その理由は大変興味深い。また、悲劇を予測した人たちは、決して誤っていたわけではないが、悲劇が起こる時期を早く予測しただけである。
避妊方法の利用が増えたにも関わらず、インドと一部の地域では、人口が増加した。しかし、二つの重大な出来事があった。一つは、緑の革命である。穀物の多収穫の技術の開発である。以前とおなじ広さの土地から、より多くの収穫ができるようになった。もう一つは、農民たちに市場の拘束がゆるめられ、市場が開放されたことである。インドやアジアの農民たちは、伝統的に無知で創造性がなく、なまけものであった。彼らは自分と家族が十分に食べるだけのものを作るだけで満足していた。しかし、今は違う。彼らは中央のコントロールから自由になり、多くの作物を育てる機会が与えられた。彼らが積極的に作物をつくったため、ほとんどのアジアの国から飢饉がなくなってしまった。敗北主義者は、その成功は単なるアジアの特殊な現象であると考えるだろうが、そのアジアですら食物の生産はすでに限界にきている。そして、アフリカとアメリカにおいて「緑の革命」がすでに始まったのである。
これは個々の人にとって何を意味するのだろうか。また特にこの本を読む人にとって、どんな意味があるのだろうか。初期のキリスト教徒が、世界は人で満ちているといっていたときよりも、今の方が多くの人がいる。それにもかかわらず、中央集権的計画経済を実施している、官僚たちの考えを変えることができたならば、餓死の心配はほとんどなくなるといわれている。食物以外の、他の資源の消費がもっと心配である。この本を読む人は、読んだり書いたりしていない人よりも地球上からより多くを得ることができる人であり、そして第三世界の農民のように生活する人である。避妊により人口増加と環境破壊を抑制することができれば、生活の質が改善されることになる。しかし、ごく一部の人が世の中のために用いているだけである。
避妊によって得られる健康上の利益(ためになること)
避妊は、直接或いは間接的に健康に役立つ(三、六章参照)。バリヤーは性行為感染症を防ぐことができるし、ホルモンによる避妊は健康に役立つことが多い。
女性の生殖
生殖器の解剖と機能は、「あなたの性生活」と「すべての女性」で、さらに詳しく検討されている。両書について、この本の最後にあげておいた。男性も女性も、内と外に生殖器を持っているが、男の生殖器は女性に比べて明らかにめだっている。女性の外生殖器は陰門(バルバ)、膣口(ワギナの口)、陰核(クリトリス)と陰部からできている。恥骨の後ろには、脂肪の厚い層がある。そして、全体的な構造は、「女性の恥骨」とか、「ビーナスの丘」とか、「愛の丘」とか、呼ばれている。陰門は、外陰唇と小陰唇からできている。それらが膣の入り口をおおっている。陰核は排尿と挿入のために利用できない点を除くと、男性の陰茎(ペニス)とおなじもので女性の陰茎といえる。それは確かに性的な機能を持っているし、刺激が加わったとき興奮をもたらす。
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